団地のロケーションを映像の作品で見かけること、よくありますよね。かつては、「日本人らしい暮らし」の象徴のスタイルであったと思いますが、少し硬い表現をするならば、団地は「現代社会の縮図」「人間関係の密室」「デザインされた美学」を表現するための舞台装置。タワーマンションでも一軒家でもなく、なぜ? それは、団地という空間が持つ「均質性」と「集合性」という二つの強力なエッセンスが、現代のテーマを表現するのに最も適しているからではないでしょうか。
均質性が生むコントラスト
団地の画一的で無機質なデザインは、作品の世界観を強烈に引き立てる力を持っています。ビックコミックスピリッツで長らく連載されていた漫画「団地ともお」。マンモス団地「枝島団地」の29号棟で暮らす小学生・ともおの日常生活を描いており、NHKでもアニメ化されています。団地という特定の環境が生み出すリアルな人間模様が特徴的なのですが、作者は横浜市磯子区の団地育ち(と、以前ご本人から聞きました)。住棟や給水塔などそのまま写したような描写で、作品のファンも多いようです。
また、昨年放映されたNHKドラマ「団地のふたり」「しあわせは食べて寝て待て」などが描くのは、築年数を経た団地が持つ日常のリアリティ。どちらも派手さはないけれど、形式にとらわれないゆるやかな連帯や、等身大の幸せという、現代人が求める心のつながりをリアルに浮かび上がらせています。どこか既視感のある穏やかな景色の中に、互いをふんわりと見守る絆。タワーマンションの無機質な廊下には存在しない、人肌のぬくもりを感じるアイコンが「団地」なのです。
一方で、同じ間取り、同じ建物が続く環境は、「異常な事態」や「得体の知れない恐怖」が紛れ込みやすい匿名性の高い密室のようなもの。日常の風景が画一的であればあるほど、強い閉塞感と恐怖を与える舞台装置として機能します。だから、ホラーや社会派映画で団地ロケーションが出てくることが多いのかもしれません。
そして、団地は生活空間が物理的に近く、「集合性」を持っています。これが、物語のドラマ性を高める上で重要な要素となります。良くも悪くも「精神的な圧迫感」「濃厚すぎる人間関係」を表現するのに最適です。個人の行動が否応なく周囲に影響を与え、社会の縮図として機能します。2023年に公開された韓国映画「コンクリート・ユートピア」は大災害によって唯一残った高層アパート(団地)で起こる集団利己主義や階級意識を浮かび上がらせた作品でした。近年では、単なるノスタルジックではなく、団地作品を社会学的に分析するようなイベントも生まれています。
団地は現代人の「鏡」
また、映画や音楽(PV)においては、コンクリートの質感や特徴的な構造美が、「クール」な感覚やファッションの背景として使用されます。団地は、消費社会の夢の跡地として、レトロとフューチャー(未来的)が同居する独特の空気を醸し出し、作品に奥行きを与えています。クリエイターが団地を選ぶのは、その均質性が普遍的な社会の課題や孤独を際立たせ、集合性が濃厚な人間ドラマと葛藤を生み出すから。もはや過去の風景ではなく、「多世代共生の可能性」と「現代都市の孤独」という、相反するテーマを映し出す、最もリアルで深みのある「舞台装置」なのかもしれません。
written by ENJOYWORKS TIMES/Tomoko Sato