団地の住戸は「住む」「暮らす」ためにある。それは当たり前と言えばそうなのですが、他の用途で使うことは可能なのか?ー答えは否。分譲団地の場合、管理規約で「住居専用」と定められていることが多いため、商業利用(事務所、店舗)は原則として禁止されています。公営住宅(市営・県営)やUR賃貸でも、居住目的以外での使用は基本的に禁止されており、転用には管理者の特別な許可が必要となります。ただ、1階2階や共用部にテナントとして店舗や事業スペースがある団地も多く、「事業」と「住戸」が住みわけされています。となると、団地の住戸で「新しいことを始める」のはちょっとハードルが高そうです。

藤沢市・湘南ライフタウンの一角にあるUR賃貸住宅。その6階に、ごく普通の玄関があります。表札を見なければ、ここが介護の拠点だとは気づきません。エレベーターを降り、共用廊下を歩き、ドアを開ける。その先にあるのは、いわゆる「施設」ではなく、人の暮らしが続いている空間です。この一室から、日本の団地では前例のなかった介護の実践を始めています。

ここで活動しているのが、介護福祉事業者「ぐるんとびー」です。代表の菅原健介さんは、福祉の現場に身を置きながら、介護が特別な場所に切り離されていることに長く疑問を抱いてきました。本当のケアは、制度や建物の内側だけで完結するものではなく、日常の暮らしの中にこそ必要なのではないか。そう考えたとき、すでに人の生活が積み重なり、関係性の土壌がある団地という環境は、極めて合理的な選択肢でした。

通い、泊まり、訪問する小規模多機能型居宅介護の機能を、この団地の一室に重ねています。玄関は普通の団地のドアで、室内も「施設らしさ」は極力排されており、利用者は自分の「家」のようにくつろいでいます。介護を特別なサービスとして切り離すのではなく、暮らしの延長線上に置くこと。住み慣れた場所で、最期まで生きることができるか。その可能性を、この一室から実証しようとしてきました。

この取り組みの背景には、東日本大震災の被災地での経験があります。行政や制度による支援だけでは救いきれない現実を目の当たりにする一方で、平時から人と人が関わり合い、「おせっかい」を焼き合う地域では、困難な状況の中でも人々が自律的に支え合っていました。特別な施設よりも、顔の見える関係性こそが最大のセーフティネットになる。その実感が、「特別な場所」ではなく「暮らしの場」にケアを組み込むという発想へとつながっていきます。

ヨソモノから地域の仲間に

もちろん、前例のない試みは容易ではなかったと言います。団地という生活の場に事業者が入ることで、「勝手に入ってきた存在」と受け取られることもあったとか。それでもぐるんとびーのスタッフたちは団地に住み、自治会活動に参加し、地域の困りごとに向き合い続けてきました。事業者としてではなく、一人の住民として関わり続ける。その時間の積み重ねが、少しずつ境界線を溶かしていったのです。

現在、同社はこの一室にとどまらず、団地周辺で放課後等デイサービスなども展開しています・高齢者から子どもまで多世代を支える機能が「点」ではなく「面」として広がり始めています。この場所では「団地内看取り率100%」という数字も。高額な施設に入るのではなく、住み慣れた団地で、必要なときに必要なケアを受ける。団地の「顔の見える距離」に支えがあり、日常の延長として関係性が積み重なってきたからこそ可能になった現実です。

団地に何ができるのか。その答えは、最新のテクノロジーや大規模な再開発とは違った視点の中にあるのかもしれません。他者の煩わしさを引き受け、境界線を引かず、関わり続けること。効率よりも関係性を優先すること。かつての団地が担ってきた「暮らしの受け皿」という役割は、形を変えながら、いま再び更新され始めています。団地という「ハコ」を、暮らしに根ざした「機能」で再定義するこの試みは、住まいと福祉、そして地域のあり方そのものを、静かに問い直しているのかもしれません。

written by ENJOYWORKS TIMES/Tomoko Sato